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深窓の客
彼女の部屋の外の裏庭に、このごろお客が来ているらしいことに彼女が気づいたのは、かれこれ一週間ほど前のことだ。
部屋は屋敷の奥の奥にあるため、普段は訪うものとてなく、庭などは家のものさえ存在を知らないかもしれない。
外に出ることもあまりない彼女は、その庭を愛し、そこを眺めながら手仕事をするのを日課にしていた。
が、あるとき、庭の片隅の桃の実が、少し減っているのに気づいたのだった。
紅く色づく小さな桃は見た目の割に味がなく、ただ見て楽しむためだけのものだった。
人が採って食べるとも思えなかった。
――鳥でも来たのかしら。
そう思ったが、鳥なら実ごとは持っていかない。
それから二、三日、窓からこっそりと桃の木を見続けて、彼女は真相を知った。
桃の木の葉陰から、白く長いものが下がっているのだった。
それが、しばらく前に下界から連れてこられて我が家に居候している妖猿の娘の尻尾であることを、彼女は一目で見抜いた。
――あら、まあ。
そういえば、あの娘はいつも肉や油ものには手をつけないで、果物とか木の実とか、そんなものを食べたがっていたっけ。
なぜかくすくすと笑いがこみ上げてきた。
ひとしきり声を殺して笑ってから、彼女は窓辺に立っていき、声に出した。
「鳥でも来たのかしらねえ」
と、下がっていた尻尾が、ひょいと葉陰に引っ込んだ。
またおかしくなったが、彼女はそ知らぬふりで続けた。
「桃の実は食べてもいいけれど、きれいなのはひとつふたつ、残してくれたら嬉しいわねえ」
それっきりかとも心配したが、今日も「鳥」は彼女の庭に来ている。木から見え隠れする尾で、彼女はそれを知っている。
と、ノックの音。彼女はどうぞ、と声をかけた。
「失礼いたします、義母上。いい菓子をもらいましたもので」
入ってきた相手は、丁寧な礼とともに手篭を差し出した。
「あら白龍、ありがとう。まあ、きれいなお菓子。どうぞ座ってちょうだい」
義理の息子に椅子をすすめながらふと窓を見ると、尻尾はいつの間にか消えていた。
だが、「鳥」が逃げたのでないことは気配で知れた。
「どうかなさいましたか」
生さぬ仲の息子……白龍が、窓の外を見やる。
「いえ、何でもないわ。桃の木に鳥が来てるのよ」
「鳥?」
「このお菓子、少しあげてもいいかしらね」
と、葉陰で白いものが少し動いた。
あ、と白龍が軽く息を呑んだ。
「……あいつめ」
「いいのよ。ちゃんと残してくれてるし、どうせ誰も食べない桃だから。それより、あなたから呼んであげてちょうだい」
にぎやかな方がいいんですからね。彼女は微笑して言った。
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